オムライス(後編)

えーと、どこまで書いたんだったっけ、あそうそう、妹と佐紀ちゃん(仮名)が作ってくれたオムライスを口元まで運んでたんだったな。で、意を決して僕はオムライスのスプーンを口の中に入れました。








凄い味です(いT▽T)。




今まで経験してきた何にも全く属していません(いT△T)。




たしかに言えることはひとつ。









このオムライスと名付けられた物体が僕の口から外へ出たがっているということです。




もちろん戻すわけにはいかない。二人の純粋な乙女心を傷付けることになってしまう。そう、これを呑み込むために今は最善の努力をしよう。僕の脳はフル回転で高速演算をはじめました、そして弾き出した答え・・・噛んだフリを十回と、実際に三回までなら噛める・・・そしてそれを実行に移しました。そして残されているのは「ゴックン」するという神の勅の如く尊い使命・・五感のすべてを開放しろ!研ぎ澄ませ!僕はこれから自分の脳から送り出される信号に超迅速に反応し、対応しなければならない、一瞬の判断が命取りになる・・




「ゴックン」




・・・・




拒否反応!、ショック症状!、すべて計算通り!、迅速に対応しろ!、生きて故郷へは帰れぬものと思え!、すべては無、無、無・・・(念の為に書いておきますがオムライス一口食べてるだけです)









涙腺に大量の水がああああぁぁっ! 駄目です! 持ちこたえられませんんんっ! 乾王国万歳!! ・・その言葉が涙腺に配属された兵士の最期の言葉になりました。




戻さない為に注意を払い過ぎて、涙を堪えるまで手が回らなかったんです。僕は少し俯いて、目を閉じて震えました。そう、まだ手はある。ここは嬉しくて泣いているということで誤魔化そう。多分二人もそう察してくれるだろうことを祈りつつ、僕の現状処理は続きました。一口でこれだよぉ。「美味しい」の言葉さえ発する余裕が無いんだぜ? どうする?どうするどうするどうするどうするあーいしてーまーすかー?そう言いきれますかあ?・・いかん、現実逃避しては行けない。いや、でもこの状況をどうすればいいんだ??・・・




「まずーい!!」




重い沈黙を破ってくれたのは妹の千奈美(仮名)でした。僕が顔を上げた時、スプーンを持ってオムライスを一口食べたであろう妹が左手で口元を隠してました。

「お兄ちゃん、もう無理しなくていいよぉ、不味かったら不味いって言ってくれたらいいのに、ごめんね。」

妹のその一言に、力が一気に抜けて行くのがわかりました。心臓が烈しく動いているのにも気付きました。佐紀ちゃんが水をグラスに注いで持ってきてくれました。よかった、終わったんだ。僕はそんな、とても食事の時にはありえないような安堵感を抱きつつ、肩で大きくひとつ息を付きました。




「食べられるよ」




ようやくと落着きを取り戻した僕の耳に入ってきたのはそんな佐紀ちゃんの意外な言葉でした。信じられないといった風の僕と妹を横目に佐紀ちゃんは半分くらいまで一気にモリモリ食べていました。妹ももう一口食べました。まぁ記念にと、かなり気軽になれた僕も一口食べたもののフラッシュバックを起こしてしまい後悔しましたとさ。

「今度はちゃんと勉強して食べられるのを作るから許してね」

妹の、もし妹じゃなかったら結婚申し込みたくなるくらいの最高に可愛い笑顔が一番のお口直しになりました。しばらく談笑に包まれつつ、その日は何気なく過ぎて行きました。おわり。