Long Time Ago

某年一月五日、早朝。


僕の目の前で、小さな男が静かに息を引き取った。

殺しても死ななさそうな、その男にしては呆気ない幕切れだった。


その男には妻と、二人の子がいた。

その男はかつて、まだその子たちが幼い頃、その妻の妹と禁断の愛に溺れていたことを、僕はその男の妻本人から聞いたことがある。「唾棄すべきことだ!」と、僕は心の中で叫んだと同時に、その男の、幼い子たちが居た堪れなくなったのを憶えている。そのふしだらな血が、その幼い子たちにも流れているのだと!・・いつかその子たちは呪因が解かれるかのように、そのふしだらな血に犯され、開花し、自分自身に受け継がれている血脈を呪う日が来るのかもしれない、そう思うと僕は薄ら寒さを覚えざるを得なかった。

それ以外にも、その男はどうしようもない男だった。妻を泣かせ、子を泣かせ・・金にはルーズで博打で借金を作ったり・・。その男の妻は、上の子が大人になるのを待ってから、ひとり家を出て行った。妻と上の子の話し合いの上の結果だった。今現在、その妻と二人の子は一緒に暮らしている。


□ □


その小さな男は病院の中にいた。現代の医学は死期の数時間前を知ることができるらしく、僕は真夜中にその病院から呼ばれた。僕はその病院へと暗闇の中、車を走らせた。僕が着くと、その男には会話をできるほどにまだ意識があった。息辛そうにしているその男の背中を、僕と一緒に来た妹の千奈美がさすってやった。やがてその男の目が大きく見開き、動かなくなった。僕はその男に向かって、最後の言葉を掛けた。


「もう寝るのか?、親父・・」


医師が臨終を告げる。僕と千奈美は医師に大きく頭を下げた。僕は大きく見開いたその男――父の目を、そっと降ろしてやった。僕の目にも妹も目に涙は無かった。夜はうっすらと明けていた。





僕も千奈美も、あれからまだ、涙を流していない。その小さな男の血は、脈々と僕らの中に受け継がれている。もう一生、その小さな男のための涙は僕らに流れないのかもしれない。